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社長の独り言の中での『120まで生きる長寿宣言』へ反対意見がありました。
「あなたの家庭に重度の病気になった老人が居るとしたらそんなことは言えないだろう」
「生きる病人もつらい、それを見る家族も辛い。120まで自分は生きたくも無いし、親や自分が120まで生きると考えるだけで恐怖すら感じる」しかし、企業や社会のモラルから一歩脱出し、家庭に浸ろうとしている私は、次のように考えるのです。たとえ病人が出ても、周囲のものが大変だと思わない、その人のために尽くす、一生懸命やる、楽しいと言うか日常のごく一部としてその苦しみを受け入れる寛容さを持つと言うか、なにか宗教の説法のようになりますが、そのような家族の雰囲気、コミュニケーション、お互いの愛情を常に分かち合う。普段から、日常生活の中から習慣的に自然に出し合える様になれば必ずや可能だと思う。
家族に愛情を注げば必ず一丸となって弱者を楽しく診ることができると思うし、私が病気のまま老人になってこのような境遇になっても、家族で楽しくその境遇を享受してくれると思う。これだけ、医学が進むと長寿はできよう。病人のままで長寿を見るのは、本人も周囲も辛いであろう、しかしそれが楽しめる家庭に近づくことはできるような気がしますし、そんな家庭ができればなににも替え難い最高の幸せであろう。
それよりも前に、私たちの大事な体を早くから健康に保たなければいけないと言うことです。
私が一番言いたいのは、寿命がのびても元気で楽しくいきなければ、価値はありません。
だから、中高年のうちから食べ物、運動に気をつけて元気で楽しい老人になろうと言うことです。ジョギングし、タバコを辞め、食べ物のカロリー、栄養価を研究し、ひたすら健康寿命を延ばすことに専念する。それを指導している国があるのです、老人ホームに美容院があり、老人の恋愛、結婚を奨励する、リハビリの医療チームがあり老人の骨折を一ヶ月で歩けるようにする。日本では医者のほうが歩く事を諦めてしまう)高齢化社会を考え老人医療の軽減するため、元気で健康な老人を国家プロジェクトで創ろうとしているのです。それはアメリカです。(詳しくは下記の参考図書を読まれると良い)
特に、年をとって病気になるのは、多くが老化のせいでなく、生活の習慣をかえることで防ぐ事ができるのです。
皆で、増える高齢者を「重荷」とするのでなく、「活力」に変える政策とビジョンを持とうではありませんか。
参考図書 「健康のためなら死んでもいい」 藤松忠夫著
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