同時多発テロが起きて 2001年10月11日結婚記念日

同時多発テロが起きても米国はCIAやFBIに落ち度があったかどうか、などという失敗を探してだし、誰が悪いかなどとは言っていない。みんなが自発的に米国の国歌を歌い、国旗をまとって、団結してこの国難に立ち向かおうと一つになっている。

ところが、日本ではそのテロのため経済が日本にどう影響がでるかとか、米国に協力 するとどうなるか、報復がくる、巻き込まれないか、湾岸戦争の時は援助金を出し過ぎたとか、自国民の安否に多くの時間をさいている。

この国には理屈や理論をかたる評論家のなんと多いことか。これは日本の管理社会の弊害なのか。
思い出されるのは、私がサラリーマンだった頃の日本企業事情である。会議、打ち合わせとなんと多いことか。自分が痛みを味わうのは御免、みんな自分が損したくないと考える会議。現場では理屈や論理は通じない、とにかく速く進めるしかないとは今の管理職は考えない。自分の地位を守るのに必死である。そして経営者は不況の上にあぐらをかいて「世間の不景気のせいだよ」とリストラ、合理化で済ましている。困難に自ら先頭に立ち泥をかぶる気はさらさら無い。

しかし、一世代前なら、経営者に対して社員はこう考えたに違いない。
『人生に対する希望と経営者との一体感から自分たちが努力すればいつか経営は必ず良くなるし、あの人格優れた経営者ならいつか報いてくれるだろう。』という思いがあったに違いない。

バブルの後遺症は人格をも侵しているようだ。学歴社会と、なんでも管理しょうとする社会、すべてを管理者の求める一貫性の個性のない人たちを生んだのはバブル経済であろう。人に対する思いやり、優しさ、ぬくもりという言葉などバカげている、経済がいくら悪化しても人が死ぬわけではない。自分のみに不幸が降りかからなければ良いとする。

平和ボケ、繁栄ボケ、自分が損をしたくないことばかり考えている国民。日本。
いまこそ日本人は人類と世界を考えるべきです。本来の人間の姿をみなおすべきです。
学歴が高いことは決して一番良いことではない。経済が発展し、金持ちになることが一番幸せでない。人間本来の姿を見つめ直す時が来たのです。『人格の優れた』という言葉を思い出そう。

これからの混沌とした不況の世界では、リーダーは管理能力が優れているかどうかよりも、最前線でいかに戦いぬくかの不屈の精神、断固とした決断と実行力が重要視されよう。

このテロを境に経済優先から原始的な人間の強さを求めることに人は目覚めるでしょうか。
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